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2025年度部員ブログ vol.45 伊東遼也(3)

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 部員日記をご覧のみなさんこんにちは!!現役生ブログの締めを務めます。 神奈川県横須賀市出身、短距離3年の伊東遼也です!   今冬季順調に練習を重ね、今シーズン最も自分が期待している後輩であり、同じ神奈川出身として絶対に負けたくない南嶋から引き継ぎました。 南嶋とはPBが0.01秒しか変わらず昨シーズン激しく競い合い、今シーズンもお互い切磋琢磨し合うのでぜひ応援よろしくお願いします。   皆さん中央大学陸上競技部のブログ見ていただけてますでしょうか?!僕は1部員として部員の想いや過去経験を見て、胸の内側から熱い気持ちが湧きまくっています。こんな良い機会を与えてくださったマネージャーに感謝しかないです。ありがとう!!!   さてブログを書くにあたって何を書くか滅茶苦茶悩みました。陸上の面白さを書くか、つらい過去を話すか、はたまたネタに走るか、、、 伝えたいことがありすぎて本当に悩みました(笑) たくさん悩んだ末、「流石に真面目に書こう。」と思い真面目なことを書きます! 僕の顔やキャラからして真面目なこと書くのだと思う方もいると思いますが、実は僕、結構真面目なのですよ♡   僕が書く内容は二つです。 一つ目は “大学陸上のこれまで” 二つ目は “大学陸上のこれから” についてです。とても長くなるとは思いますが僕の本音ですので読んでほしいです。   “大学陸上のこれまで” 入部してすぐ僕は大学陸上のレベルの高さに驚き、自分がとても小さく見えました。 全国入賞や出場は当たり前の世界で、僕の成績はたったの県5位。高校までは自分は神奈川で5位なんて結構すごいやろと思っていましたが、井の中の蛙でした←(実際同期に言われショックでした) 入部してから僕は10秒台が全く出ず怪我を繰り返し、何度もやめたいと思う中。追い打ちをかけるように先輩のおもちゃにされ、ネタキャラへと変貌を遂げました。正直スポーツ推薦でもないし、辞めても何も言われないし、辞めたらどれだけ楽なのだろうと頭の中で問い続けていました。でも僕はこんな状態になっても諦めなかったです。なぜか? 【足が速いやつがとにかくかっこいいから】そして【周りに応援してくれる仲間がいるから】苦しみながらもこの二つの理由が自身を突き動かしてくれました。多くの先輩、同期、後輩のおかげで運...

2025年度部員ブログ vol.44 南嶋涼(2)

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初めまして。 この度藤山さんから引き継ぎました、南嶋涼と申します。 出身校は中大附属横浜で、種目は100mをやっております。 藤山さんはムードメーカーで、彼がいると部の雰囲気が3トーンくらいぱっと明るくなります。また、ただ面白いのではなく周りの空気感や相手の様子をしっかり見ている優しい方です。その観察から誰も不快にならずにみんなが笑顔になる面白さを産んでるんだろうなと思っていて、同期と同じ代にいて欲しいという話をよくします。笑 藤山さん、沢山褒めたので今度学食奢ってください✨️   初めての部員日記なので、自分の陸上をここまで続けている理由について綴らせてください。普段真面目な話をするキャラではないので、かなり恥ずかしいです。(恥ずかしすぎて文章出来上がってるのに送信する勇気が出ず、2日提出期限を伸ばしました。廣島本当にごめんなさい笑) 拙い文章になるかと思いますが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。 さて、私はスポーツ推薦ではなく一般入部の為、陸上部に入れていただいた立場でこのような事を考えているのは大変恐縮なのですが、私は陸上を辞めようと本気で思うタイミングが何回かありました。 直近でも、陸上人生の分岐点になるくらい辞めるか悩んだタイミングがありました。昨年の10月です。 まず、私は入部させていただけると決まった高3の秋に、大2までに10.4台〜5台前半を出せなかったら陸上を辞めるというルールを自分につけました。伝統のある強豪の中大のユニフォームを着たいという人は沢山いる。その中でもごく限られた人しか入部出来ないのにも関わらず、中途半端なタイムで続けるのは偉大な先輩方や中大陸上部に対して失礼だと考え、そんな状態で続けるべきではない、他に頑張れることやるべき事を探そうと思ったからです。 もちろん大好きな陸上を辞めたくないですし、少しでも同期に追いつく為にこの2年間必死に試行錯誤を繰り返し、ようやく昨年の秋シーズンで設定した記録に近づくことが出来ました。 生憎、全て向かい風だったので追い風が吹く試合で走れば出せる思い、ピーキングを重ねて調子が最高潮に良くなった矢先、2型2〜3度の肉離れをしてしまいました。 元々痛めていたり怪我をしそうな前兆があった訳でもなく、ただただ調子が良すぎて自分の体が着いてこなかった。私はこれが自分の限界だと思いました。自分が決めて...

2025年度部員ブログ vol.43 藤山健伸(3)

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  こんにちは!日本代表としての選出、そして「中大の顔」としての目覚ましい活躍。そんな 華々しい功績を持つ田邉からバトンを受け取りました、 3 年の藤山健伸です。 本日は 2/22 猫の日です!こんなにおめでたい日はないです。みんなで猫ちゃんを可愛がり ましょう!!私はアレルギーなので触れません。なので可愛いワンちゃんの動画を見ときます。 本日のブログでは、何を書くべきか熟考した結果、極めてオーソドックスではありますが、 私が短距離走という種目に行き着いた背景と、競技の幕を閉じる 「これから」 への決意について、改めて整理していこうと思います。 私の陸上競技人生の幕開けは、中学 1 年生の春でした。 動機は至ってシンプルで、父と 兄が陸上経験者であり、ただ単に真似をしたにすぎません。 競技を始めた当初の私は、自身に何が向いているのか把握できていませんでした。顧問の 助言に従い、まずは 1500m に出走。記録は”6 分” 「は?」機械の故障だろうと思い、掲示 板に目を向けましたが、電光掲示板は一点の曇りもなく6と刻まれていました。「まぁええ わ、やーめよ」 これは明らかに「不適合」であると直感し、すぐさま 100m へと舵を切ります。記録は”1 4.21” 「は?」機械の故障だろうと思い、掲示板に目を向けましたが、電光掲示板は一点の曇りもなく14.21と刻まれていました。「さいあく」 ならば「中間の距離なら活路を見出せるのではないか」という安易な仮説に基づき、800m に挑戦しました。”2分51秒” 「は?」機械の故障だろうと思い、掲示板に目を向けましたが、電光掲示板は一点の曇りもなく2分51と刻まれていました。「おわった」 これが私の中学 1 年生時点での「全自己記録」です。全種目地区大会敗退。同期からは容 赦のない嘲笑を浴び、当時の私は反論の余地すら見出せませんでした。 中学2年春。楽だから短距離一本に集中してみたよん。 もちろん、前年の惨敗が私の中に 悔しさとして残っていたことは言うまでもありません。そこで私は、シンプルかつ実効性の 高い一つの仮説を立てるに至りました。 「県内トップレベルの先輩を練習で凌駕すれば、必然的に試合での勝率もあがるんじゃね」 今思えば極めて浅はかな思考ではありましたが、当時の私はこの仮説の検証に全ての心血を注...

2025年度部員ブログ vol.42 田邉奨(2)

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​ 山下 美京さんより引き継ぎました。 400mブロック2年の田邉奨です。美京さんは、広尾高校陸上部時代からの後輩ですが、当時からの呼び方が定着してしまっていることに加え、彼女への敬意を込めて、現在も“さん”付けを継続しています。 彼女は、自身に与えられた役割を果たすだけでなく、他人のために目の届かないところでも気を配っている姿が厚い信頼を集めており、この先ずっと変わらない、僕の一番自慢の後輩です。 残る2年間、結果を出し続けることで、日々のサポートに少しでも恩返しができたら嬉しいです。これからも一緒に頑張ろう。 僕が1年生の頃からリクエストしていた念願の部員日記の機会をいただきましたので、今回は僕の陸上に対する想いを綴らせていただきます。 僕は5歳から10年間サッカーをしていました。 高校入学までの人生において、僕という人間の全てだったサッカーには、楽しさを感じていたものの、今振り返れば100%の力を注ぐことはできていなかったなと思います。 プロになりたいと口では言いながらも、負傷やミスを恐れ、上達するための努力も疎かにしました。 そのような僕の性格とプレースタイルで仲間からの信頼を得ることができるはずもない状況の中、中学時にはチーム内の人間関係に悩み辛い思いをし、サッカーを辞めることになりました。 しかし高校で陸上と出会い、僕は変わることができました。 陸上は、自分の身体が全て。 陸上と出会ってから、他人の評価や言葉ではなく、自分の思いを自分に全てぶつけられるようになりました。 それからは自分に自信が持てるようになり、他人とも深い関係を築けるようになっただけでなく、つらい練習や受験勉強を乗り越えられたのも、こうした変化があったからに他なりません。 失敗を恐れ萎縮するばかりだった僕が 僕にしか出来ないことを、僕にしかできない方法で実現させることで、僕の価値を示したい。 そう思うようになり 今ではそのための努力の楽しさも、苦しみも、喜びも何もかもが面白いと感じられています。 一生満たされていて、一切満足がない 陸上をしている今の人生を言葉にするとそんな感覚です。 内から湧き出て止まらない好奇心と、それを共有できる大切な仲間をくれた陸上。 本当にありがとう。 そして、競技自体の魅力だけでなく、 僕を突き動かす原動力となるものが、もう1つあります。 それは、僕の走りを自...

2025年度部員ブログ vol.41 山下美京(1)

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 こんにちは。同期の福村優大から引き継ぎました、1年マネージャーの山下美京と申します。 福村はとにかくものすんごくいい子です。どんなに長い距離を走った後でも、マネージャーが動画やタイムを渡しに行くと必ず感謝の一言をくれます。すんごくいい子です。 入部してから10ヶ月、たくさんの同期や先輩方に仲良くしていただいて、実は人見知りだった私も毎日わくわくしながら部活に通わせていただいています。本当なら、マネージャーである私は選手の皆さんを励ましたり、元気づけたりすることも仕事のひとつだと思うのですが、いつもニコニコを絶やさず、時々おかしなことを言って周りを笑顔にしている皆さんを見ていると逆に私が励まされて元気づけられているような気がします。本来なら逆です。いつも本当にありがとうございます。これからも元気いただいちゃうかもしれません。お願いします。 そんないつもニコニコの選手の皆さんですが、走るということになると一気に雰囲気が変わります。音や周りの空気も選手が走り出すと一瞬で変わる気がします。私の日本語の語彙が乏しいのでありきたりな形容しかできないのですが、本当にキラキラしていて、かっこいいと思っています。ただの1人の大学生の私がそんな選手の皆さんをサポートさせていただけるということは、恐れ多いことだという思いと、選手の皆さんの努力に見合うくらい優秀なマネージャーにならなければいけないなという思いで最近はいっぱいになっています。 マネージャーになってから10ヶ月経過して、優しい先輩方に教えていただいたおかげで4月よりずっとできることも増えましたが、まだできないこと、中途半端に苦手なこと、やったことのない仕事もたくさんあり、マネージャーとしてまだまだ未熟です。ミスをして落ち込んでいる間にもうひとつミスをして、帰りの高幡不動駅で自分の仕事のできなさに泣いていたこともたくさんあります。でもそんな時には必ず、自分がどんなマネージャーになりたいか、理想のマネージャー像について考えて、ミスがなくなるように練習したり、落ち着いて行動できるように修行しています。 私の理想のマネージャー像は、空気みたいなマネージャーです。私はマネージャーという立場で、選手の皆さんが日々感じているたくさんのことを完全に理解することはできません。もし選手が落ち込んでいたりしても、先輩方のように気配りのある...

2025年度部員ブログ vol.40 福村優大(1)

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 こんにちは。 同じ北海道出身である三年生の酒井大和さんから引き継ぎました、商学部経営学科1年の福村優大です。専門種目は400mです。 高校時代、北海道で活躍されていた大和さんと同じ大学に進学し、このような形で部員日記を引き継がせていただくことを大変光栄に思います。 今回は、12年間陸上を続けてきた中で、私が実感していることを二つお話しさせていただきます。 一つ目は「緊張」についてです。 同じ大会に出場したことのある方はご存じかもしれませんが、私は極度の緊張しいです。試合の1〜2時間前になると、誰とも会話をせず、一人でうずくまって過ごすことがルーティンとなっているほどです。 特に印象に残っているエピソードは、小学5年生の全国陸上です。初めて立つ全国の舞台で、体格の大きな選手や多くの観客の存在に圧倒され、これまでに経験したことのない緊張を感じました。その結果、予選と準決勝でそれぞれ一度ずつフライングをしてしまい、さらに0.01秒差で決勝進出を逃しました。あの経験は、自身の未熟さとメンタル面の弱さを痛感する出来事でした。 緊張せず、自分の力を信じて堂々と競技に臨める選手を、私は心から尊敬しています。自分の努力を信じ、失敗を恐れず挑戦する姿勢は本当に立派だと感じます。 だからこそ今年は、自分自身を信じ、恐れずに挑戦し続ける一年にしたいと考えています。 昨年は自身の力不足を痛感し、思うような結果を残すことができませんでした。しかし冬季練習において田邊さんが作成してくださったメニューに取り組む中で、少しずつ走りと自信を取り戻すことができました。積み重ねてきた努力を信じ、シーズン初戦に臨みたいと思います。 二つ目は「陸上を楽しむこと」の大切さです。 全力で取り組むほど結果を求めるようになり、いつの間にか楽しむ気持ちを忘れてしまうことがあります。私自身も結果ばかりを意識するあまり、自らを追い込んでしまっていた時期がありました。緊張の根本的な原因も、そこにあったのだと思います。 しかし大学に入って同期や仲間の姿を見ていると、心から陸上を楽しんでいる人ばかりでした。厳しい練習の中でも互いに励まし合い、前向きに取り組む姿勢に、私は多くの刺激を受けました。そして、強さの本質はこの「楽しむ姿勢」にもあるのではないかと感じました。 12年間続けてきた陸上競技ですが、大学に入ってからも...

2025年度部員ブログ vol.39 酒井大和(3)

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こんにちは。 最近、膝をぶつけて水がたまっている宮下から引き継ぎました、3年の酒井大和です。 宮下、早く治して元気になってね。 なぜか縁あって本日(2/16)は、僕の21歳の誕生日です🎂 同期で早生まれ仲間だったはるやくん、お先に21歳になっちゃってごめんね。 ブログを書くと聞いて、何を書こうかずっと考えていましたが、僕の陸上人生を語るうえで欠かせない人物がいます。 それは、中大25卒のOB・志田原康太さんです。 さん付けしないと怒られそうですが、いつも「こうた」と呼んでいるので、ここでもそう呼ばせてもらいます。 こうたと出会ったのは、僕が稀府小学校(北海道のど田舎)に転校したときでした。 全校生徒は約100人、僕の学年は9人。 学校の中でちょっとだけ足が速かった僕は、こうたに誘われて陸上の試合に出るようになりました。これが、陸上を始めたきっかけです。 中学校に入学すると、陸上部と吹奏楽部のどちらに入るか本気で悩みました笑 ですが、入学前に陸上部の体験に行っていたこともあり、さすがに断れず、そのまま陸上部へ。 今思えば、この選択は間違いなく正解でした。 とはいえ、中学時代は全道決勝にも行けない、いわゆる“へなちょこ選手”でした。 高校進学時も、スポーツで行くか勉強で行くか迷いました。 縁あって、こうたが進学した北海道栄高校から推薦をいただきましたが、道内外から強い選手(後にエケジュニア瑠音と知りました)が集まると聞き、ビビって断念。 最終的には公立高校へ進学しました。 高校でも陸上を続け、高3のインターハイでは、なんとか準決勝まで進出しました。 その日の夜、こうたに電話して「どっか行ける大学あるかな?」と聞いたのを、今でも覚えています。 正直、この成績じゃどこも厳しいだろうと思っていましたが、こうたが直接星野監督に「中大に行きたい選手がいる」と相談してくださり、チャンスをいただきました。 ギリギリで入学できた僕は、「本当に中大で通用するのか」という不安でいっぱいでした。 入学前の目標は、「4年間で何でもいいからインカレに出場する」こと。 1年目はまったく活躍できませんでしたが、全カレのサポートで経験したきつい車中泊をきっかけに、なぜかスイッチが入り、少しずつ結果を残せるようになりました。 1年目はインカレ出場なし、 2年目でインカレ出場、 3年目でインカレ入賞。 ...

2025年度部員ブログ vol.38 宮下颯汰(1)

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 こんにちは。みんなからのいじられキャラ、鈴木さんから引き継ぎました。商学部金融学科1年、宮下颯汰です。 春休みに入り、もうすぐで1年生も終わるということで、今回は私から1年生の振り返りについて書かせていただこうと思います。 去年の3月に入寮し親元を離れての生活がとても不安だったことを今でも覚えています。幸い同期や先輩方にも恵まれていたためその不安をすぐに払拭されました。練習の面では1.2月怪我をしてしまい練習という練習を積むことができていませんでした。しかし自分の状態に合わせた練習メニューのおかげで怪我明けから上手に復帰をしていくことができました。 順調に練習を積んで臨んだ大学初のレースの関東インカレでは、結果は予選落ちで、タイムも自己ベストとは程遠いものとなってしまいました。レース内容も自分のやりたいことができず中途半端なものとなり、大学陸上の洗礼を受けたと感じました。位置取りやスパートのかけ方、フィジカルなど、高校までとは全く違うレースに何も対応できず悔しい思いをし、高校までの力でも通用すると思っていた自分の甘さを痛感しました。 1か月後の全日本インカレでは、結果だけを見れば納得できるものではありませんでしたが、次へとつながるレースができたと思います。関東インカレでできなかった位置取りは完璧で、レース展開も思い描いた通りに走ることができました。しかし、ラストの直線で2人に抜かされてしまい5着、0.04秒差で予選落ちとなりました。この結果から、今の自分はまだ実力不足であることを再確認し、次のレースに向けて何が足りないのか、どの部分を鍛えればよいのかを考えることができました。 全日本インカレから約2か月後、7月後半の中大記録会で約1年ぶりに自己ベストを更新することができました。高校2年生の頃からずっと切ることができなかった1分50秒の壁を突破でき、心の底から喜ぶことができました。両親も自分のことのように喜んでくれて、少しは結果で恩返しができたのかなと思いました。 夏合宿を終え、秋シーズンが始まり、去年一番の目標としていたU20日本選手権を迎えました。ターゲットナンバー1番でのレース、「勝たなければいけない」「1位しかない」という状況が、とてつもないプレッシャーとなりました。結果は4位。また4位。表彰台まであと一歩、タイムも微妙で、結果を出せなかった自分がと...

2025年度部員ブログ vol.37 鈴木康介(3)

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 こんにちは。 同ブロックの天真爛漫でいつも元気をくれる可愛い後輩、上田悠輔から引き継ぎました。 法学部法律学科3年 鈴木康介です。 中距離を専門としております。 「お疲れ様です!」 駅で元気な声が聞こえ、そこから競技場へと続く坂道、隣を見ると、歩幅を合わせて歩いているのは、追いかけ続けた先輩ではなく、かつての自分のようなまだあどけなさの残る後輩たち。 先輩たちの後ろをついていけばいつでもそれが「正解」だった、あの心地の良い無責任さはもうどこにもなく、なんとなくどこまでも続くと思っていた学生生活の終点がはっきりと見えるようになってきました。 大学3年生 私にとって、この春から始まる1年間が陸上人生最後のシーズンになります。 私の自己ベストは、800mは2年前、1500mに至っては高校時代の4年前から止まったままです。 この数年間、アキレス腱炎や肉離れを繰り返し、そのたびに、走れない自分を「運が悪かった」と肯定し、「特別じゃない」を諦める材料にしてきました。 私は中距離が大好きです。 スタートの号砲を待つ静寂。 まるで格闘技のような位置取り争い。 急激に酸素が足りなくなり、喉の奥に広がる鉄の味。 呼吸するたびに感じる、肺が焼け落ちるような胸の痛さ。 顔をくしゃくしゃにして、限界を迎え、力が入らなくなり鉛のように重くなった身体を無理やり動かす瞬間。 視界が狭まり、頭の中が文字通り真っ白になるほどの苦しみの先にある心の底から湧き立つ達成感、これら全てが私にとって狂おしいほど愛おしいものです。 こんなにも中距離が好きなのに、4年前の自分にすら勝てないまま「いい思い出でした」と笑って終わることなど絶対できません。 最後の1年、綺麗に引退するつもりはありません。 何がなんでも、この止まったままの4年間の時計の針を力ずくで動かす。 過去の自分を叩き潰し、自己ベストを更新する。 今の私の望みは、ただそれ一点だけです。 「もう無理だ、走れない」 ゴールした瞬間、嘘偽りなく心の底から泣き言を笑顔で言える。学生生活という限りあるこの瞬間に全てを使い果たす。私にとって、それは最高に贅沢な陸上人生の締めくくりです。 私は最後まで、中央大学陸上競技部の一員として、最後の1秒まで泥臭く、執念深く、走り切ります。 これが今の私の全てです。 拙い文章ですが、最後まで読んでいただきありがとうご...

2025年度部員ブログ vol.36 上田悠輔(1)

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 こんばんは。 超が付くほどストイックな二年生の正野さんから引き継ぎました、理工学部人間総合理工学科1年の上田悠輔です。 種目は800mをやっております。 今回は、短距離ブロックの中で唯一の理工学部所属ということで、 なぜ自分が理工学部を選んだのか、そしてどんな大学生活を送ってきたのかを書かせていただきます。 文章を書くのは得意ではありませんが、最後まで読んでいただけると嬉しいです。 ■ なぜ理工学部を選んだのか 私は高校2年生のときに理系を選びました。 理由は単純で、古典や歴史が苦手だった一方、化学や数学の問題を解くのが好きだったからです。特に数B・Cのベクトルが好きでしたw。 大学進学を考える時期になり、ありがたいことに複数の大学から声をかけていただきました。しかし、理系で推薦をいただける大学は多くなく、あったとしてもキャンパスが遠かったり、文系に比べて授業数が多く、部活動との両立が難しいという現実がありました。 「文系に変えた方が部活に打ち込めるのではないか」 「もっと自由な時間が増えて楽になるのではないか」 何度も自問自答し、本当に悩みました。 それでも理系にこだわったのは、 “好きで始めた理系を、最後まで好きで貫き通したい”そう思ったからです。 もし「大変そうだから」という理由だけで進路を変えてしまったら、きっと後悔する。 4年後の自分に「しんどかったけど頑張って良かった」と思える未来を信じて、この道を選びました。自分で選んだ道だからこそ、最後まで責任を持って歩き切りたいと思っています。 もちろん理系は他学部より金銭的な負担も大きいですが、それでも温かく送り出してくれた親には感謝しかありません。本当にありがとうございます。 ■ 私の大学生活について まだ1年しか経っていませんが、どんな生活を送っていたのかも少し紹介します。 中央大学理工学部は東京都文京区の後楽園キャンパスにあります。 2026年4月からは「基幹理工学部」「社会理工学部」「先進理工学部」の3学部に再編されますが、ここでは再編前の話になります。 世間のイメージ通り、理系はやはり授業数が多いです。 ある日の私の1日はこんな感じでした。 06:10 起床・朝食・準備・通学 09:00 1限 10:50 2限 12:30 昼休み 13:20 3限 15:10 帰宅・グラウンドへ移動 17:0...

2025年度部員ブログ vol.35 正野巧磨(2)

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 こんにちは。同じ千葉県出身の後輩齋藤から引き継ぎました、経済学部経済学科2年の正野巧磨です。 齋藤とは、自分が高校3年生の時千葉県総合体育大会で初めて予選を一緒に走ってからの付き合いであり、こうして大学が一緒で今回はライバルではなく先輩・後輩として共に競技に向き合えることを嬉しく思っています。 部員日記が始まり、先輩や後輩の本音や伝えたい思いが詰まった文章に、とても読み入ってしまいました。それぞれが何を考え、日々過ごしているのかを強く感じさせられました。 そこで今回自分が話したいことは2つあります。 1つ目はなぜ陸上を始め400m選手になったのか。です。 自分は今400m選手をしており、短距離という部類の種目を主に主戦場として競技していますが、元々は長距離をしていました。 小学生の頃マラソン大会が学校で一年に一回行われ、そこで1位を6年間で3回取ることができ、1位をとった時の達成感が忘れられず、中学校に入った時に自分は陸上部に入部し、長距離を専門に取り組みたいと思いました。 2年生から駅伝にも出ることが出来るようになり、初めて県駅伝でも走りましたが、実力の差を感じとても悔しい思いをしました。3年生では、800mで初めての県大会に出場しB決勝に残りましたが、しかし「もうきつい、1日2本は走れない、練習しても勝てない、無理だ」と、こんなきつい陸上は中学でやめたいと思っていました。 高校では最初バトミントン部やバレー部に入りたいと思っていましたが、「あの中学の時の記録のままでいいのか、いや自分なら今まで以上に努力すればインターハイに行ける、陸上で活躍したい」、そう考えた結果インターハイ常連校で千葉県で強豪の東海大浦安高校に進学を決めました。歴代の先輩方には、中央大学OBの川上拓也さん、藤原寛人さんをはじめ、活躍している有名な選手が多く、非常に歴史のある陸上部に入部しました。 1年生までは800mや長距離の練習をしていましたが、2年生になる時に先生に400mを進められ今の競技に転向しました。最初は52秒から始まりましたが、本格的に初めて1ヶ月で千葉県で5位、初めての南関東で8位という成績を残しました。しかし、2年生の時インターハイ出場という目標をかかげていた自分にとって、満足出来る結果ではありませんでした。8位という結果を残したその日はずっと涙を流していました。こ...

2025年度部員ブログ vol.34 齋藤結輝(1)

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部員日記読んでくださりありがとうございます。 1年河井から引き継ぎました。法学部法律学科1年齋藤結輝です。専門種目は400mです。 今回は、400mのあるあると好きなところについてお話ししたいと思います!ぜひ最後まで読んでいってください! 陸上知らない人に400mやってますって自己紹介すると、「何秒くらいが速いの、?」とか「400って短距離なんだ!」みたいな感じになって競技に対してのイメージが湧きにくいのが少し悲しいです、笑 100mなら10秒台速い!だったり、長距離だと20キロとか走るのすごい!みたいな感じですごさが伝わりやすいですよね。400mってその中間でちゃんと説明しないと凄さが伝わりにくい、!「400m48秒だから100mを12秒で走り続けるよー」みたいなことを言うと速そう!ってなります!笑 逆に400mをやってる人と話すと話が弾む瞬間があって楽しいです。例えば、「300mまでは動くのにラスト100mほんと動かないよね」みたいな、400mをしてれば誰もが共感してくれると思います!笑 400mって250mくらいまでわりと記憶あるのにゴールが近くなるにつれて記憶なくなっていって走ってる感無くなるんですよね。300mを超えてからは走るっていうより、辛くて足が動かないのに耐えて全然進まないんです、、 400mの好きなところはその進まないきつさは根性もあるけどペース配分と判断で結果が変わることです。 スタートで頑張りすぎると、後半にツケが回ってきて動かなくなることは当たり前だけど、前半の力感っていうのはその日によって結構違うって思ってます。風向き、風の強さ、気温、緊張、レースの大きさ、毎回全部違うので違う中で自分なりにレースをして良い前半になり、ラストまでちゃんと動いていいレースになった時400mを攻略できてきてる感じがして楽しい!ってなります!笑 あと、競技を見る側になっても面白いのも好きです。100m、4×100mRはもちろん迫力あって面白い。400m、4×400mRもまた違った面白さがあると思ってます。 100mや4×100mRって、一瞬で全部が決まるからこそ、スタートの反応とか加速の伸びとか、バトンのスムーズさがそのまま勝負になるのが気持ちいい。観てる側も「速!」って分かりやすくて、勝ち負けもハッキリしてて、テンションが上がりますよね。 でも400mや4×4...

2025年度部員ブログ vol.33 河井蓮(1)

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 こんにちは。府川先輩から引き継ぎました、法学部法律学科1年、純短の河井蓮です。 府川先輩は私が中大附属横浜中学校に入学し、陸上部に入部した時からずっとお世話になりっぱなしなとても尊敬している大先輩です! 同期や先輩方の部員日記を読んでいて、何について書こうか非常に迷ったのですが、特に攻めた文章は書かず無難に私が陸上を大学でも続ける理由について綴らせて頂こうと思います。拙い文章になってしまうとは思いますが、お付き合いいただければ幸いです。 本題に入る前に、私の今までの陸上人生についてまとめてみようと思います。私が陸上を始めたのは小学3年生の夏頃でした。当時塾と水泳以外特に習い事はしておらず、友達と遊ぶ中でスポーツに触れていることが多かったです。そんな時に、初めて陸上をやっている友達ができました。彼はクラスメイトで、小さい頃特有のみんなと仲良くなろう的な流れで友達になったうちの一人だった気がします。 そんな普通の友達だと思っていた彼が、運動会のリレー選手決めで負けて泣いていたのを見て私は衝撃を受けました。子供が駄々を捏ねているのではなく、本気で悔しがっていました。「まだ3年生じゃん」とか「そもそも専門長距離じゃないの?」といった言葉が喉から出かかって飲み込んだのを今でも覚えています。私はそれまで、なにかにそこまで本気で取り組んだことがなかったので次第に陸上に惹かれていき、彼の勧めもあって陸上競技をはじめました。 このブログを彼が読むことはないと思いますが、せっかくなのでこの場を借りて感謝を伝えておきたいと思います。 清真、あの時陸上を教えてくれてありがとう。おかげで当時の自分が思いもしなかったくらい充実した人生を送れてます。いつか箱根で走ってる姿見せてね。 少し話が逸れてしまいましたが、本題に戻ろうと思います。その後はしっかり走ることに虜になった私は中学受験後も迷わず陸上部に入部し、高校までそのまま陸上を続けてきました。ですがこの場で書けるような華やかな結果は何も残せず、最後の高校総体も全く通用せず終わってしまいました。個人種目が終わり、余韻に浸る間もなくリレーを走り、荷物の片付け等の連絡をして、ここで引退する同期達と写真を撮って、気が付けば帰路に就いていました。思い描いた夢も目標も何一つ叶えることはできませんでしたが、中学の自分が想像も出来なかったくらい成長...

2025年度部員ブログ vol.32 府川日菜多(3)

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 中央大学陸上競技部短距離ブロックのブログをご覧いただき、ありがとうございます。 経済学部経済学科3年、マネージャーの府川日菜多です。 面白くて頼りになる可愛い後輩、寺田から引き継ぎました。 現在、短距離ブロックでは日々のサポートに加え、Instagramやブログ、YouTubeなど新たな発信にも取り組んでいます。結果はもちろんのこと、部員一人ひとりの経験や努力の過程にも目を向けてもらいたいという思いから、それぞれが自分の言葉で綴る部員ブログを始めました。選手やマネージャーの思いが皆様に届いていることを、大変嬉しく思っています。 少し気恥ずかしさもありますが、私自身の思いも綴らせていただきます。 私が広報に携わるようになったきっかけは、一眼カメラを持っていたことでした。 先輩から広報担当を任せていただいた当初は、1年生の自分に仕事を任せてもらえたことが嬉しく、先輩方が続けてきた仕事を絶やさないように、そして期待以上の仕事ができるようにという思いで取り組んでいました。 そんな中で、私の広報に対する考え方が大きく変わった出来事があります。 それは、大学2年時の全日本インカレです。 全日本インカレは、炎天下の中、睡眠時間も十分に取れない状態で、挑む4日間です。だからこそ、今年のインカレのようにメンバーの優勝や最終種目のマイルで準優勝といった結果が生まれた瞬間には、それまでの疲れが一気に吹き飛ぶほどの喜びがあります。 私が2年生の時のインカレでは、4×100mR、4×400mRともに失格という結果でした。 悔しさの残る大会ではありましたが、それはチーム最高のメンバーで臨み、守りではなく、優勝を目指し本気で挑んだからこそ生まれた悔しさだったと感じています。 特にリレーではメンバー争いが激しく、直前でメンバーを外れるという悔しい思いをした4年生の姿がありました。 それでも先輩方は悔しさを表に出さず、チームの勝利のために懸命にサポートしていました。 その姿を見て、チームがここまで優勝に近づいて来られたのは、出場選手の努力はもちろん、悔しさを抱えながらも懸命にサポートに回る仲間や、日々切磋琢磨する仲間の存在があるのだと強く感じました。 この時の思いが、「どんな立場であってもチームのために尽くす仲間の姿を届けたい」という現在の発信活動につながっています。 こんな視点からも当部...

国外試合の日程のお知らせ

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 こんばんは。 2月より始まる国外試合の日程をお知らせいたします。 本部からは、黒木海翔(2)・植松康太(2)・田邉奨(2)・酒井大和(3)の4名の選手が出場いたします。 出場日程は以下の通りです。 ●2月4日(水) 黒木海翔[M60m]  大会名:IFAM indoor Lovain-La-Neuvein  場所:ベルギー・ヘント  大会ページ: https://www.atletiek.nu/wedstrijd/chronoloog/43558/ ●2月7日(土) 植松康太[M200]  大会名: Pagrindinis - Cosma Athletics  場所: リトアニア・カウナス  大会ページ: https://www.cosma.lt ●2月8日(日) 黒木海翔[M60m]  大会名:Indoor Meeting Dortmund  場所:ドイツ・ドルトムント  大会ページ: https://www.sparkassen-indoormeeting.de/ ●2月8日(日) 田邉奨[M800m]  大会名: Meeting Metz Moselle Athlélor Crédit Mutuel  場所:フランス・メッス  大会ページ: https://meeting-metz-moselle-athlelor.fr/ ●2月12日(木) 植松康太[M200]  大会名: ZLATÁ TRETRA OSTRAVA  場所: チェコ・オストラバ  大会ページ: https://zlatatretra.cz ●2月13日(金) 黒木海翔[M60m],田邉奨[M800m]  大会名: Erfurt-Indoor  場所:ドイツ・エアフルト  大会ページ: https://www.meeting-erfurt.com/ ●2月21日(土) 田邉奨[M800m]  大会名: Meeting Internacional Ourense  場所:スペイン・オウレンセ  大会ページ: https://atletismo.gal/wp-content/uploads/2025/08/REGLAMENTO-ESPANOL-II-Meeting-Internacional-Ourense-2026-.pdf ●3月13日(金)〜3月14日(土) 酒井大和[M400mH...

2025年度部員ブログ vol.31 寺田向希(2)

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こんにちは。 元部屋長の村松さんから引き継ぎました、2年の寺田向希です。 ブログの内容をいろいろ考えましたが、陸上を始めたきっかけなど、誰でも思いつきそうなありきたりなものにはしたくありませんでした。 そこで今回は、自分にとって忘れられない「あるレース」について書こうと思います。 それは、2024年U20世界選手権です。 私はこの大会で男子1500m日本代表に選ばれ、はるばる南米ペルーまで行きました。 当時の私は、初めての国際大会ということもあり非常に興奮していて、「絶対にここで結果を出し、トップレベルで活躍している同年代の選手たちと肩を並べてやる」と強く意気込んでいました。 そのための練習を積んできた自信もありました。 しかし現実は甘くなく、レース中に転倒してしまい、予選最下位で終わりました。 さらにレース後、日本選手団が謎の集団体調不良に見舞われ、40℃の高熱と無限の下痢、腹痛に襲われるという、踏んだり蹴ったりな結末でした。 (レース後の夜に熱が出たときは、「ペルーで死ぬかもしれない」と本気で思いました。) ただ、転倒や体調不良を言い訳にするほど、あの舞台は甘くなかったとも感じています。 ※ちなみにu20 1500mを走った同年代の選手たち オーストラリアのCameron Myers (当時18歳)1500mPB 3'29"80、ノルウェーのAndreas  Halvorsen (同大会3000mチャンピオン)、Hakon Moe Berg(東京世界陸上1500mノルウェー代表)、イギリスのGeorge Couttie(先日室内2000mで4'57")などなど そのレースで味わった悔しさから、日本に帰ったらとんでもない記録を出してやろうと思っていました。 しかし帰国後はなかなか調子が上がらず、現在に至るまで自己ベストを更新できていません。 今でもあの大会のことをよく思い出します。 もし、あのとき転ばずに予選を通過していたら。 決勝でいい走りができていたら。 そうした後悔が、今の自分のモチベーションになっています。 昨シーズンは一昨年と比べてうまくいかない一年でしたが、これもまた一つの経験だと思っています。 それでも、そろそろ結果を出さなければ、私の帰りを待ってくれている人たちに申し訳ありません。 今シーズンは、初戦からばちばち...