投稿

2025年度部員ブログ vol.40 福村優大(1)

イメージ
 こんにちは。 同じ北海道出身である三年生の酒井大和さんから引き継ぎました、商学部経営学科1年の福村優大です。専門種目は400mです。 高校時代、北海道で活躍されていた大和さんと同じ大学に進学し、このような形で部員日記を引き継がせていただくことを大変光栄に思います。 今回は、12年間陸上を続けてきた中で、私が実感していることを二つお話しさせていただきます。 一つ目は「緊張」についてです。 同じ大会に出場したことのある方はご存じかもしれませんが、私は極度の緊張しいです。試合の1〜2時間前になると、誰とも会話をせず、一人でうずくまって過ごすことがルーティンとなっているほどです。 特に印象に残っているエピソードは、小学5年生の全国陸上です。初めて立つ全国の舞台で、体格の大きな選手や多くの観客の存在に圧倒され、これまでに経験したことのない緊張を感じました。その結果、予選と準決勝でそれぞれ一度ずつフライングをしてしまい、さらに0.01秒差で決勝進出を逃しました。あの経験は、自身の未熟さとメンタル面の弱さを痛感する出来事でした。 緊張せず、自分の力を信じて堂々と競技に臨める選手を、私は心から尊敬しています。自分の努力を信じ、失敗を恐れず挑戦する姿勢は本当に立派だと感じます。 だからこそ今年は、自分自身を信じ、恐れずに挑戦し続ける一年にしたいと考えています。 昨年は自身の力不足を痛感し、思うような結果を残すことができませんでした。しかし冬季練習において田邊さんが作成してくださったメニューに取り組む中で、少しずつ走りと自信を取り戻すことができました。積み重ねてきた努力を信じ、シーズン初戦に臨みたいと思います。 二つ目は「陸上を楽しむこと」の大切さです。 全力で取り組むほど結果を求めるようになり、いつの間にか楽しむ気持ちを忘れてしまうことがあります。私自身も結果ばかりを意識するあまり、自らを追い込んでしまっていた時期がありました。緊張の根本的な原因も、そこにあったのだと思います。 しかし大学に入って同期や仲間の姿を見ていると、心から陸上を楽しんでいる人ばかりでした。厳しい練習の中でも互いに励まし合い、前向きに取り組む姿勢に、私は多くの刺激を受けました。そして、強さの本質はこの「楽しむ姿勢」にもあるのではないかと感じました。 12年間続けてきた陸上競技ですが、大学に入ってからも...

2025年度部員ブログ vol.39 酒井大和(3)

イメージ
こんにちは。 最近、膝をぶつけて水がたまっている宮下から引き継ぎました、3年の酒井大和です。 宮下、早く治して元気になってね。 なぜか縁あって本日(2/16)は、僕の21歳の誕生日です🎂 同期で早生まれ仲間だったはるやくん、お先に21歳になっちゃってごめんね。 ブログを書くと聞いて、何を書こうかずっと考えていましたが、僕の陸上人生を語るうえで欠かせない人物がいます。 それは、中大25卒のOB・志田原康太さんです。 さん付けしないと怒られそうですが、いつも「こうた」と呼んでいるので、ここでもそう呼ばせてもらいます。 こうたと出会ったのは、僕が稀府小学校(北海道のど田舎)に転校したときでした。 全校生徒は約100人、僕の学年は9人。 学校の中でちょっとだけ足が速かった僕は、こうたに誘われて陸上の試合に出るようになりました。これが、陸上を始めたきっかけです。 中学校に入学すると、陸上部と吹奏楽部のどちらに入るか本気で悩みました笑 ですが、入学前に陸上部の体験に行っていたこともあり、さすがに断れず、そのまま陸上部へ。 今思えば、この選択は間違いなく正解でした。 とはいえ、中学時代は全道決勝にも行けない、いわゆる“へなちょこ選手”でした。 高校進学時も、スポーツで行くか勉強で行くか迷いました。 縁あって、こうたが進学した北海道栄高校から推薦をいただきましたが、道内外から強い選手(後にエケジュニア瑠音と知りました)が集まると聞き、ビビって断念。 最終的には公立高校へ進学しました。 高校でも陸上を続け、高3のインターハイでは、なんとか準決勝まで進出しました。 その日の夜、こうたに電話して「どっか行ける大学あるかな?」と聞いたのを、今でも覚えています。 正直、この成績じゃどこも厳しいだろうと思っていましたが、こうたが直接星野監督に「中大に行きたい選手がいる」と相談してくださり、チャンスをいただきました。 ギリギリで入学できた僕は、「本当に中大で通用するのか」という不安でいっぱいでした。 入学前の目標は、「4年間で何でもいいからインカレに出場する」こと。 1年目はまったく活躍できませんでしたが、全カレのサポートで経験したきつい車中泊をきっかけに、なぜかスイッチが入り、少しずつ結果を残せるようになりました。 1年目はインカレ出場なし、 2年目でインカレ出場、 3年目でインカレ入賞。 ...

2025年度部員ブログ vol.38 宮下颯汰(1)

イメージ
 こんにちは。みんなからのいじられキャラ、鈴木さんから引き継ぎました。商学部金融学科1年、宮下颯汰です。 春休みに入り、もうすぐで1年生も終わるということで、今回は私から1年生の振り返りについて書かせていただこうと思います。 去年の3月に入寮し親元を離れての生活がとても不安だったことを今でも覚えています。幸い同期や先輩方にも恵まれていたためその不安をすぐに払拭されました。練習の面では1.2月怪我をしてしまい練習という練習を積むことができていませんでした。しかし自分の状態に合わせた練習メニューのおかげで怪我明けから上手に復帰をしていくことができました。 順調に練習を積んで臨んだ大学初のレースの関東インカレでは、結果は予選落ちで、タイムも自己ベストとは程遠いものとなってしまいました。レース内容も自分のやりたいことができず中途半端なものとなり、大学陸上の洗礼を受けたと感じました。位置取りやスパートのかけ方、フィジカルなど、高校までとは全く違うレースに何も対応できず悔しい思いをし、高校までの力でも通用すると思っていた自分の甘さを痛感しました。 1か月後の全日本インカレでは、結果だけを見れば納得できるものではありませんでしたが、次へとつながるレースができたと思います。関東インカレでできなかった位置取りは完璧で、レース展開も思い描いた通りに走ることができました。しかし、ラストの直線で2人に抜かされてしまい5着、0.04秒差で予選落ちとなりました。この結果から、今の自分はまだ実力不足であることを再確認し、次のレースに向けて何が足りないのか、どの部分を鍛えればよいのかを考えることができました。 全日本インカレから約2か月後、7月後半の中大記録会で約1年ぶりに自己ベストを更新することができました。高校2年生の頃からずっと切ることができなかった1分50秒の壁を突破でき、心の底から喜ぶことができました。両親も自分のことのように喜んでくれて、少しは結果で恩返しができたのかなと思いました。 夏合宿を終え、秋シーズンが始まり、去年一番の目標としていたU20日本選手権を迎えました。ターゲットナンバー1番でのレース、「勝たなければいけない」「1位しかない」という状況が、とてつもないプレッシャーとなりました。結果は4位。また4位。表彰台まであと一歩、タイムも微妙で、結果を出せなかった自分がと...

2025年度部員ブログ vol.37 鈴木康介(3)

イメージ
 こんにちは。 同ブロックの天真爛漫でいつも元気をくれる可愛い後輩、上田悠輔から引き継ぎました。 法学部法律学科3年 鈴木康介です。 中距離を専門としております。 「お疲れ様です!」 駅で元気な声が聞こえ、そこから競技場へと続く坂道、隣を見ると、歩幅を合わせて歩いているのは、追いかけ続けた先輩ではなく、かつての自分のようなまだあどけなさの残る後輩たち。 先輩たちの後ろをついていけばいつでもそれが「正解」だった、あの心地の良い無責任さはもうどこにもなく、なんとなくどこまでも続くと思っていた学生生活の終点がはっきりと見えるようになってきました。 大学3年生 私にとって、この春から始まる1年間が陸上人生最後のシーズンになります。 私の自己ベストは、800mは2年前、1500mに至っては高校時代の4年前から止まったままです。 この数年間、アキレス腱炎や肉離れを繰り返し、そのたびに、走れない自分を「運が悪かった」と肯定し、「特別じゃない」を諦める材料にしてきました。 私は中距離が大好きです。 スタートの号砲を待つ静寂。 まるで格闘技のような位置取り争い。 急激に酸素が足りなくなり、喉の奥に広がる鉄の味。 呼吸するたびに感じる、肺が焼け落ちるような胸の痛さ。 顔をくしゃくしゃにして、限界を迎え、力が入らなくなり鉛のように重くなった身体を無理やり動かす瞬間。 視界が狭まり、頭の中が文字通り真っ白になるほどの苦しみの先にある心の底から湧き立つ達成感、これら全てが私にとって狂おしいほど愛おしいものです。 こんなにも中距離が好きなのに、4年前の自分にすら勝てないまま「いい思い出でした」と笑って終わることなど絶対できません。 最後の1年、綺麗に引退するつもりはありません。 何がなんでも、この止まったままの4年間の時計の針を力ずくで動かす。 過去の自分を叩き潰し、自己ベストを更新する。 今の私の望みは、ただそれ一点だけです。 「もう無理だ、走れない」 ゴールした瞬間、嘘偽りなく心の底から泣き言を笑顔で言える。学生生活という限りあるこの瞬間に全てを使い果たす。私にとって、それは最高に贅沢な陸上人生の締めくくりです。 私は最後まで、中央大学陸上競技部の一員として、最後の1秒まで泥臭く、執念深く、走り切ります。 これが今の私の全てです。 拙い文章ですが、最後まで読んでいただきありがとうご...

2025年度部員ブログ vol.36 上田悠輔(1)

イメージ
 こんばんは。 超が付くほどストイックな二年生の正野さんから引き継ぎました、理工学部人間総合理工学科1年の上田悠輔です。 種目は800mをやっております。 今回は、短距離ブロックの中で唯一の理工学部所属ということで、 なぜ自分が理工学部を選んだのか、そしてどんな大学生活を送ってきたのかを書かせていただきます。 文章を書くのは得意ではありませんが、最後まで読んでいただけると嬉しいです。 ■ なぜ理工学部を選んだのか 私は高校2年生のときに理系を選びました。 理由は単純で、古典や歴史が苦手だった一方、化学や数学の問題を解くのが好きだったからです。特に数B・Cのベクトルが好きでしたw。 大学進学を考える時期になり、ありがたいことに複数の大学から声をかけていただきました。しかし、理系で推薦をいただける大学は多くなく、あったとしてもキャンパスが遠かったり、文系に比べて授業数が多く、部活動との両立が難しいという現実がありました。 「文系に変えた方が部活に打ち込めるのではないか」 「もっと自由な時間が増えて楽になるのではないか」 何度も自問自答し、本当に悩みました。 それでも理系にこだわったのは、 “好きで始めた理系を、最後まで好きで貫き通したい”そう思ったからです。 もし「大変そうだから」という理由だけで進路を変えてしまったら、きっと後悔する。 4年後の自分に「しんどかったけど頑張って良かった」と思える未来を信じて、この道を選びました。自分で選んだ道だからこそ、最後まで責任を持って歩き切りたいと思っています。 もちろん理系は他学部より金銭的な負担も大きいですが、それでも温かく送り出してくれた親には感謝しかありません。本当にありがとうございます。 ■ 私の大学生活について まだ1年しか経っていませんが、どんな生活を送っていたのかも少し紹介します。 中央大学理工学部は東京都文京区の後楽園キャンパスにあります。 2026年4月からは「基幹理工学部」「社会理工学部」「先進理工学部」の3学部に再編されますが、ここでは再編前の話になります。 世間のイメージ通り、理系はやはり授業数が多いです。 ある日の私の1日はこんな感じでした。 06:10 起床・朝食・準備・通学 09:00 1限 10:50 2限 12:30 昼休み 13:20 3限 15:10 帰宅・グラウンドへ移動 17:0...

2025年度部員ブログ vol.35 正野巧磨(2)

イメージ
 こんにちは。同じ千葉県出身の後輩齋藤から引き継ぎました、経済学部経済学科2年の正野巧磨です。 齋藤とは、自分が高校3年生の時千葉県総合体育大会で初めて予選を一緒に走ってからの付き合いであり、こうして大学が一緒で今回はライバルではなく先輩・後輩として共に競技に向き合えることを嬉しく思っています。 部員日記が始まり、先輩や後輩の本音や伝えたい思いが詰まった文章に、とても読み入ってしまいました。それぞれが何を考え、日々過ごしているのかを強く感じさせられました。 そこで今回自分が話したいことは2つあります。 1つ目はなぜ陸上を始め400m選手になったのか。です。 自分は今400m選手をしており、短距離という部類の種目を主に主戦場として競技していますが、元々は長距離をしていました。 小学生の頃マラソン大会が学校で一年に一回行われ、そこで1位を6年間で3回取ることができ、1位をとった時の達成感が忘れられず、中学校に入った時に自分は陸上部に入部し、長距離を専門に取り組みたいと思いました。 2年生から駅伝にも出ることが出来るようになり、初めて県駅伝でも走りましたが、実力の差を感じとても悔しい思いをしました。3年生では、800mで初めての県大会に出場しB決勝に残りましたが、しかし「もうきつい、1日2本は走れない、練習しても勝てない、無理だ」と、こんなきつい陸上は中学でやめたいと思っていました。 高校では最初バトミントン部やバレー部に入りたいと思っていましたが、「あの中学の時の記録のままでいいのか、いや自分なら今まで以上に努力すればインターハイに行ける、陸上で活躍したい」、そう考えた結果インターハイ常連校で千葉県で強豪の東海大浦安高校に進学を決めました。歴代の先輩方には、中央大学OBの川上拓也さん、藤原寛人さんをはじめ、活躍している有名な選手が多く、非常に歴史のある陸上部に入部しました。 1年生までは800mや長距離の練習をしていましたが、2年生になる時に先生に400mを進められ今の競技に転向しました。最初は52秒から始まりましたが、本格的に初めて1ヶ月で千葉県で5位、初めての南関東で8位という成績を残しました。しかし、2年生の時インターハイ出場という目標をかかげていた自分にとって、満足出来る結果ではありませんでした。8位という結果を残したその日はずっと涙を流していました。こ...

2025年度部員ブログ vol.34 齋藤結輝(1)

イメージ
部員日記読んでくださりありがとうございます。 1年河井から引き継ぎました。法学部法律学科1年齋藤結輝です。専門種目は400mです。 今回は、400mのあるあると好きなところについてお話ししたいと思います!ぜひ最後まで読んでいってください! 陸上知らない人に400mやってますって自己紹介すると、「何秒くらいが速いの、?」とか「400って短距離なんだ!」みたいな感じになって競技に対してのイメージが湧きにくいのが少し悲しいです、笑 100mなら10秒台速い!だったり、長距離だと20キロとか走るのすごい!みたいな感じですごさが伝わりやすいですよね。400mってその中間でちゃんと説明しないと凄さが伝わりにくい、!「400m48秒だから100mを12秒で走り続けるよー」みたいなことを言うと速そう!ってなります!笑 逆に400mをやってる人と話すと話が弾む瞬間があって楽しいです。例えば、「300mまでは動くのにラスト100mほんと動かないよね」みたいな、400mをしてれば誰もが共感してくれると思います!笑 400mって250mくらいまでわりと記憶あるのにゴールが近くなるにつれて記憶なくなっていって走ってる感無くなるんですよね。300mを超えてからは走るっていうより、辛くて足が動かないのに耐えて全然進まないんです、、 400mの好きなところはその進まないきつさは根性もあるけどペース配分と判断で結果が変わることです。 スタートで頑張りすぎると、後半にツケが回ってきて動かなくなることは当たり前だけど、前半の力感っていうのはその日によって結構違うって思ってます。風向き、風の強さ、気温、緊張、レースの大きさ、毎回全部違うので違う中で自分なりにレースをして良い前半になり、ラストまでちゃんと動いていいレースになった時400mを攻略できてきてる感じがして楽しい!ってなります!笑 あと、競技を見る側になっても面白いのも好きです。100m、4×100mRはもちろん迫力あって面白い。400m、4×400mRもまた違った面白さがあると思ってます。 100mや4×100mRって、一瞬で全部が決まるからこそ、スタートの反応とか加速の伸びとか、バトンのスムーズさがそのまま勝負になるのが気持ちいい。観てる側も「速!」って分かりやすくて、勝ち負けもハッキリしてて、テンションが上がりますよね。 でも400mや4×4...