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2025年度部員ブログ vol.57 檀上翔多郎(4)

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こんにちは。 200mでは!一度も勝てなかった松嶋君から引き続きました。商学部4年の檀上翔多郎です。 今回は、4年間を振り返りながら自分の想いを綴りたいと思います。少し長くなりますが、最後までお付き合いいただけると幸いです。 私は4年前、「こんな強豪校で本当に活躍できるのだろうか」という不安を抱えながらも、「強くなりたい」「勝ちたい」という思いを胸に入部しました。 この4年間を振り返ると、小学1年生から続けてきた陸上競技の集大成のような時間だったと感じます。怪我で思うように走れない時期もありましたが、その中でも自己ベストを更新できた瞬間、結果を残すことができた瞬間があり、一つひとつの経験が自分を成長させてくれました。 また、選手としてだけでなく主務としての役割も担い、想像以上の大変さや責任の重さを感じることもありました。さらに3年生時の世代交代では主将という大役を任され、チームを背負う立場として多くのことを学びました。選手としてだけでなく、さまざまな役割を経験したこの4年間は、人としても大きく成長する時間だったと思います。 そして、全日本インカレの4×100mリレーで優勝することができた瞬間は、これまで積み重ねてきた努力や想いが報われたような気持ちでいっぱいでした。同時に、主将としてチームに貢献できたことを心から嬉しく感じました。 苦しいことも嬉しいこともすべて含めて、この4年間は自分にとってかけがえのない時間だったと感じています。 このような経験ができたのは、支えてくださった先輩方、同期、後輩たちの存在があったからこそだと思います。 同じ目標に向かって、学年に関係なく支え合い、互いに努力し合える仲間がいたからこそ、どんな時も乗り越えることができました。 このチームで過ごした時間、出会えた仲間、経験したすべてが、自分にとってかけがえのない財産です。 4年間、本当にありがとうございました。 1年生へ 1年生の皆とは、例年より一緒に競技に取り組めた時間は短かったですが、皆がこれから中央大学をトップへ導くキーマンになれると信じています。いや、もうすでにその存在になっています。応援しています! 2年生へ 2年生は、競技力・人間力ともに本当に素晴らしい選手ばかりです。来年は就職活動も始まり、大変な時期になると思いますが、より良い成績を残してくれることを期待しています!皆の活躍...

2025年度部員ブログ vol.56 松嶋飛希(4)

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こんにちは。  千葉県の同士、常泉から引き継ぎました、法学部4年の松嶋飛希です。 今回は卒業ブログということで、これからそれぞれの道へ進み、離れ離れ(寂しい)になって しまう同期の仲間たちについて綴らせていただきます。 ということで、同期をあいうえお順に紹介していくとともに面と向かっては言えないよう な本音とかも書いていきます笑  他の方々のブログと比べてかなりカジュアルな内容になると思います笑 また、身内にしかわからないような内容もあるかと思いますが、少々お付き合いいただける と幸いです。   【麻生悠斗】 東京出身の400mH選手で我らが元副主将  とにかく人に好かれやすくて、先輩後輩関係なくたくさんの人に慕われてる人望の塊みた いなやつでそこは普通に尊敬してる 慕われすぎて多分同期より先輩か後輩と遊んでることの方が多い笑  あと寮の自転車トラブルの犯人は大体麻生   【今井颯良】  指定校推薦で入ってきた神奈川出身の100m200m選手  入寮して最初の部屋が隣ですぐに仲良くなってた気がする  最初に仲良くなったからか、今井には何も気を遣わずに結構雑に扱ってました ごめんね笑   【鈴木美晴】  埼玉出身で三井が連れてきてくれた同期唯一のマネージャー  2 年の途中に入ってすぐの頃は物静かな子なのかなーって思ってた でも全日本インカレ終わったくらいからどんどん打ち解けていって、実際はめちゃくちゃ ノリがよくて面白い子でした笑 男だらけの中で、気を遣うことや大変なことも多かったと思うけど最後まで続けてくれて 大感謝です   【檀上翔多郎】  広島出身で身長以外が大きい元主将の100m200m選手 3 年の秋に「俺は来年4継の1走を走る」って宣言して次の年の全日本インカレ4×100mR の1走を走って優勝してきた有言実行のめちゃくちゃかっこいい男  入寮してすぐの頃は「広島の方言って語気強いなー」とか思ってたけど実際は檀上がめちゃ くちゃキレ性なだけでした笑   【常泉光佑】  幅跳び、三段跳び選手、同じ千葉出身で高校からの仲  真...

2025年度 春季オープン 試合結果

こんにちは。いつも変わらぬ温かいご声援をいただき、ありがとうございます。 先日行われました、春季オープンの結果についてお知らせいたします。 【試合結果】 大会名:2025年度関東学連春季オープン競技会 場所:神奈川県立スポーツセンター陸上競技場 日時:3月17日〜3月20日 ▼男子100m(TR決勝) 1組1着     黒木海翔(2)   10"54(+1.8) 🥇 7組5着    達木英弥(2)   11"52(+1.3) 11組2着   野村舜作(3)   11"09(+2.5)  ▼男子200m(TR決勝) 2組3着 藤山健伸(3) 22"017(-1.0) ▼男子400mH(TR決勝) 2組3着 小栁新(3) 53"11 ▼男子4×100mR(TR決勝) 1組 DQ 伊東(3)-野村(3)-小栁(3)-黒木(2) ▼男子走幅跳決勝 村松晃成(3)   6位 ①F   ②7m24(+1.5)   ③7m26(+2.0) ▼男子三段跳決勝 工藤匠真(2)   1位🥇 ①15m06(+2.4)  ②F  ③14m92(+0.9) [マネージャーコメント] 今回の春季オープンは、出場した多くの選手にとってシーズンインとなる大会となりました。 前日までの天候と大きく変わって、寒さの厳しいコンディションの中でしたが、選手それぞれが最後までベストを尽くすことができました。選手の中には、冬季練習の成果を実感することができたという声もあり、日々積み重ねてきた練習が目に見える形になり始めていると感じております。 今大会で見つけたそれぞれの課題を踏まえ、これから本格化するシーズンに向けて、チームで切磋琢磨し、団結して取り組んでまいります。 また、本大会を運営してくださった関東学連の皆さまに、心より感謝申し上げます。 引き続き暖かいご声援をよろしくお願いいたします。

2025年度部員ブログ vol.55 常泉光佑(4)

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 こんにちは。 同じ関東出身で努力家の村上から引き継ぎました、文学部学びのパスポートプログラムの常泉光佑です。ブログを書くのは今回が最初で最後になりますが、引退という節目に、これまでの部活動を振り返りながら自分の思いを書きたいと思います。 私は本当に多くの人に支えられ、恵まれた陸上人生を送ることができました。監督やコーチ、部活の仲間たち、そして他校のライバルなど、多くの人との出会いが自分の成長につながり、充実した競技生活を送れたと思います。中学、高校、大学、そして社会人になる節目ごとに、いつも周囲の人に恵まれてきたと感じています。そんな環境の中で陸上を続けてこられた自分は、本当に幸せ者だと思います。それぞれのチームに特別な思いがありますが、今回は大学での4年間について少し触れたいと思います。 大学での4年間は、さまざまな怪我を抱えながらの競技生活でした。高校の頃に比べて思うように跳べないもどかしさに悩まされながら、競技に取り組んでいました。毎日真剣に競技と向き合ってきましたが、どこか物足りなさを感じ、焦り続けていたように思います。 そんな中で、チームのみんなが関東インカレや全日本インカレで活躍する姿は、本当に心から嬉しいものでした。そして、その中でも特に同期や跳躍ブロックの存在には何度も支えられました。同じブロックに同期はいませんでしたが、怪我で苦しい状況にありながらも周りを支え続け、自分自身も復帰に向けて努力する同期や、自分の目標に向かってひたむきに頑張る同期の姿に、何度も気持ちを救われました。みんなの頑張りは、「次は自分が結果を残したい」と思える原動力になっていました。 また、跳躍ブロックでは2年間ブロック長を務めましたが、なかなか上手くいかず、背中で引っ張れるようなリーダーではなかったと思います。それでも、ブロックの雰囲気はとても良く、たくさんの刺激をもらいました。一緒に練習する中で、後輩たちは自分で考えたことを実践に移す力があり、日々着実に成長しているように感じていました。跳躍ブロックの後輩たちは本当に力のある選手たちなので、自信を持ってシーズンに挑んでほしいと思っています。 最後になりますが、この4年間をここまで続けてこられたのは、周りで支えてくださったたくさんの方々のおかげです。上手くいかないこともありましたが、それも含めて自分にとって大切な経験...

2025年度部員ブログ vol.54 村上龍一朗(4)

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みなさんこんにちは! 超絶足の速い三井から引き継ぎました、商学部4年の村上龍一朗です。 彼は普段マイペースな性格でおもしろい奴ですが、陸上競技に対する熱意、努力量やその姿勢はチームNO.1だと思います。直接言えてはいませんが、そんな彼を心から尊敬しています。 さて、私自身今までこういったブログを書いたことがないので、何を書いたらいいか悩んだのですが、中央大学で陸上をやろうと思ったきっかけと、1番お世話になった800mブロックへの感謝を綴ろうと思います。 拙い文章ですが、最後まで読んで頂けると嬉しいです! まず、私の高校時代は強豪校には所属しておらず、ほとんど独学で陸上競技に取り組んでいました。 当時インターハイ出場を目標に掲げ努力してきたつもりでしたが、その目標を叶えることは出来ませんでした。 その過程で、せっかくここまで本気で取り組んできたのだから、一度くらい日本一の環境で自分を磨いてみたいという想いが芽生え、受験勉強の末、中央大学に入学しました。 入学当初、一般生が入部できるかも分からず、がむしゃらに競技場に行ってみるしかないと足を運び、入部したい想いを直談判しに行った日のことを今でも鮮明に覚えています。 そこから1か月の仮入部期間を経て、正式に入部させて頂きました。 しかし、自分が望んで選んだ日本一の環境は、とてつもなくレベルが高く、必死に背中を追うことで精一杯でした。その中で度重なる怪我に苦しみ、中々結果を出すことが出来ず、精神的にも苦しい日々が続きました。 それでも、足を止めずに進み続けられたのは松井コーチや800mブロックの先輩方、Team Ambitionの方々が、実力が大きく離れた私にも親身になって、諦めずに指導し続けてくださったおかげです。本当に感謝と尊敬の念しかありません。  1年次は、自分自身本当に苦しい日々でしたが、それと同時にこの大学を選んで本当に良かったと思えた日々でもありました。 また、2.3.4年と学年が上がるにつれ、かわいい後輩達にも恵まれ、その存在にも幾度となく救われてきました。毎日練習の際のたわいのない会話が私はとても楽しく、大好きな時間でした。厳しい練習の日々でも楽しみにやってこれたのは間違いなく彼らのおかげです。 ほんとにありがとね。 本当は、800mブロックのメンバーのおもしろいところを綴りたいのですが、一冊の本が出来てし...

2025年度部員ブログ vol.53 三井一輝(4)

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 はじめまして。 部活のアイドルみはるちゃんから引き継ぎました、法学部法律学科四年の三井一輝です。 桜の開花が待ち遠しい今日この頃。 この時期になると、中央大学の門を叩いた四年前の自分の姿を思い出します。 あの頃は、これから始まる大学生活に大きな期待を抱いていました。 気づけばもう四年。 このような機会をいただいたので、少し自分の大学生活を振り返ってみたいと思います。 高校を卒業した自分は、希望に胸を膨らませて中央大学の門をくぐりました。 「自分ならいける。」 根拠のない自信がありました。 しかし、思うようにはいきませんでした。 11秒台の連続。 練習はきつく、思うような結果も出ない。 誰からも期待されていないように感じ、どこか疎外感のようなものもありました。 自信もどんどんなくなっていきました。 部活を辞めたら楽なんだろうな、と考える日も増えました。 そんな自分を信じてくれたのが、藤原さんでした。 「三井が中大に進学すると聞いたとき、嬉しかった。お前ならもっといける」 藤原さんが言ってくれたその言葉を、今でも覚えています。 何が正解で、自分のどこが間違っているのかも分からず、希望を持てなかった自分にとって、その言葉は一つの光でした。 常に高みを目指している藤原さんの姿は、自分にとって憧れの存在でした。 練習への向き合い方。 アップ。 生活リズム。 食事。 サプリメント。 プロテイン。 できることは、できる限り真似しました。 何をやればいいのか分からず走っていた自分に、 「やるべきこと」と「目標」を教えてくれたのが藤原さんでした。 自分の大学陸上は、ここから変わりました。 そんな憧れの藤原さんは、よく自分に目標を聞かせてくれました。 「強い中大を作る。 もう一度、昔みたいに短距離が強い中大を作りたい」 強さを示すには、全カレのリレーで優勝すること。 そして学生記録を出すこと。 その話を聞いたとき、自分は圧倒されました。 当時の純短距離ブロックは、優勝を狙える状況ではありませんでした。 トップの大学とは、明らかに差がありました。 それでも藤原さんは、本気でした。 なぜなら、その目標に必要なことを藤原さんはすべて実行していたからです。 言葉だけではありませんでした。 その姿を見ているうちに、いつの間にか自分の中にも一つの思いが生まれていました。 「優勝するメンバ...

2025年度冬季海外遠征 試合結果

 こんにちは。 日頃より温かいご声援をありがとうございます。 冬季に出場した海外遠征の結果をご報告いたします。 【試合結果】 ●IFAM Louvain-La-Neuve Indoor(ベルギー/ 2月4日) 男子60mメインプログラム 予選 3着 黒木海翔 (2) 6"66 PB✨ 男子60m メインプログラム 決勝 3着 黒木海翔(2) 6"68 ●Indoor Meeting Dortmund(ドイツ/ 2月8日) 男子60m 7着 黒木海翔(2) 6"75 ●Erfurt-Indoor 2026(ドイツ/ 2月13日) 男子60m予選1組 2着 黒木海翔(2) 6"67 男子60m決勝1組 3着 黒木海翔(2) 6"64 PB✨🥉 ●Cosma Indoor Cup 2026(リトアニア/ 2月7日) 男子200m決勝B(TR決勝) 1着 植松康太 (2) 21"39  全体2位🥈 ●Zlatá Tretra Ostrava 2026(チェコ/ 2月12日) 男子200mショートトラック決勝3組 1着 植松康太(2) 21"06 ●Erfurt-Indoor 2026(ドイツ/ 2月13日) 男子800mショートトラック決勝3組 2着 田邉奨 (2) 1’49”83 ●Meeting Internacional Ourense (スペイン/ 2月21日) 男子800mショートトラック決勝3組 2着 田邉奨(2) 1’49”04 ●Adelaide Invitational(オーストラリア/ 3月14日) 男子 400mH 3着 酒井大和(3) 50"19 【選手コメント】 酒井大和(3) 初めての海外での試合でしたが、緊張よりも楽しみの気持ちが大きいレースでした。シーズン初戦でもあったため、まずは自分のレースの感覚を取り戻し、1周しっかり走り切ることを意識して挑みました。結果としては思っていたよりも落ち着いて走ることができ、初戦で50.19秒で走れたことは自分にとって大きな自信につながりました。今後のシーズンにつながる良い経験になったと感じています。今回の試合で得た感覚を大切にしながら、これからのレースでもさらに記録を伸ばしていけるよう頑張っていきたいと思います。 植松康太(...

2025年度部員ブログ vol.52 鈴木美晴(4)

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 はじめまして。 後輩想いで将来は億万長者の西山くんから引き継ぎました、経済学部経済情報システム学科4年の鈴木美晴です。 卒業まで残り2週間を切り、寂しい気持ちでいっぱいです。 このブログでは、中央大学陸上競技部で過ごした時間と、みんなへの感謝について書かせていただきます。 拙い文章ではありますが、最後まで読んでいただけたら嬉しいです。 私が中央大学陸上競技部に入ったきっかけは、中学の同級生であり、同じ陸上部に所属していたみっちゃんこと三井一輝くんに誘われたことでした。 2年生から参加した私は、同期のマネージャーもいなかったため、最初はどこか孤独を感じていました。その頃の私は、誰かを頼ることに少し抵抗があり、自分で何とかしなければと思ってしまうこともありました。 しかし、自分の判断が間違ってしまえば、それは選手にも影響してしまいます。そんな中で意識するようにしたのが、わからないことはすぐに聞くこと、選手に積極的に声をかけることです。 少しずつ行動するうちに、2年生の全カレ以降から選手やマネージャーと話す機会が増え、選手一人ひとりが求めているサポートが少しずつ分かるようになっていきました。 そして、選手が結果を出したり、サポートに感謝してくれたりする度に、マネージャーをやっていてよかったと感じられるようになりました。 大会はもちろんですが、日々の練習から頑張る選手の姿はとてもかっこいいです。 例えば、練習でレストの時間を読み上げると、「えー早いって」「ほんとにちゃんと計ってる?」とみんな辛そうな顔をしながら言ってきます。 それでも、いざメニュー開始の時間になると手を抜くことなく最後まで走り切ります。 練習からずっと近くで選手を応援できるのはマネージャーの特権です☆ 最終学年では、マネージャー長という役割を任せていただきました。 最初は、周りに心配をかけてしまったことも多かったと思います。 それでも、後輩マネージャーたちは本当に頼もしくて、主体的に動いてくれました。 大会ごとの反省点の共有や業務のマニュアル作成など、みんなで何度も意見を出し合いながら、少しずつ業務の改善を進めていきました。 マネージャーのグループLINEは動かない日はないんじゃないかというくらい活発で、日々たくさんの報連相が飛び交っていました。 常に「選手にとって何が一番いいのか」を考えて行動で...

2025年度部員ブログ vol.51 西山雄志(4)

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 みなさんこんにちは。 法学部法律学科4年の西山雄志です。 私からは、これまでの競技生活を振り返りながら、そこから得た学びと、これからの生き方についてお話しできればと思います。 まずは、ここまで関わってくださったすべての方に心から感謝しています。 先輩、同期、後輩、そしてプライベートで支えてくれた方々。多くの人に助けられながら、これまで競技生活を続けることができました。 私は小学5年生から陸上競技を始めました。 しかし最初から順調だったわけではなく、なかなか結果が出ず、辞めて別の競技に挑戦しようかと悩んだ時期もありました。 やっとの思いで出場できた中学での全国大会は予選敗退に終わり、かなり落ち込みました。 しかし同時に、「日本一を取りたい」という思いがより明確になった経験でもありました。 高校では日本一を目指し、東福岡高校に進学しました。 練習は非常にハードで、特進コースに所属しながら部活動を続ける生活は想像以上に厳しく、ご飯を食べながら寝てしまうような時期もありました。 それでも、尊敬できる指導者や仲間と同じ目標に向かって努力する日々は、何よりも充実した時間でした。 インターハイで優勝したときの達成感は、今でも忘れることができません。 大学でも素晴らしい仲間と環境に恵まれ、全日本インカレや日本選手権で2位という結果を残すことができました。 中学生の頃から「競技は大学まで」と決めていたため、大学では競技だけでなく、アルバイトや長期インターン、ボランティアなどにも取り組みました。 競技以外の世界にも目を向けることで、「自分はどのような社会人になりたいのか」を考える4年間でもありました。 ここからは、私の価値観について少しお話しさせてください。 「がんばったら報われると思えること自体が、努力の成果ではなく、環境のおかげだったことを忘れないでください。」 とある大学の祝辞でこの言葉を知ったとき、強く印象に残りました。 競技に打ち込んでいた頃の私は、結果を出す人間が正しく、結果を残せない人や努力できない人はそれまでの人だ、という考えをどこかで持っていました。 しかし、競技以外での経験やこの言葉に触れたことで、自分は恵まれた環境の中で「努力すれば報われる」と信じて生きてこられたのだと気づきました。 振り返ると、これまで結果を残すことができた要因は、自分の努力だけではな...

2025年度部員ブログ vol.50 今井颯良(4)

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 東福岡出身の中島から引き継ぎました、今井です。 中島とは部活動だけでなく、バイト仲間でもあるので、同期の中でも一緒にいる時間が長いような気がします。春からはお互い社会人になりますが、お互いの勤務地も近いみたいです! これからもよろしくね さて昨年10月を持ちまして、僕の14年間の陸上人生は幕を下ろしました。僕に取っては最初で最後になるこのブログですが、せっかく頂いたこの機会に想いを綴らせて頂きます。長くなるとは思いますが、少しでも読んで頂けると幸いです。 そもそも僕が中央大学を選んだ理由は、一個上の先輩に「藤井和寿」さんが在籍していたからです。僕自身、陸上競技で大きな成績を残せた訳ではないので、指定校推薦を利用しての入学にはなりましたが、藤井先輩が中央大学に入学をしたことを知った時から、絶対に中央大学に入学すると決めていました。藤井先輩とは小学校の陸上教室から同じで、中学時代には同じ学校でリレーも組ませて頂きました。中大陸上部には、全国大会のファイナリストや全国制覇を成し遂げてる方がたくさんいました。僕もその環境に身を置けることに期待を膨らませていましたが、練習はそれまでのどんな練習よりも過酷なもので、心身共に疲弊しきっていました。入部して1年目では練習メニューは消化しきれない、先頭を走る先輩方の後ろを走るだけの日々。「周りは自分よりも足が速い。同じメニューをやっても勝てないのは当然だ。」そんな言い訳を自分に言い聞かせながら練習をする日々でした。自分を守るための言い訳を重ねる事でいつしか「負け癖」がついていました。大学陸上のターニングポイントとなったのは、恩師である藤井先輩と練習をしてるある時のことでした。「このセットで出し切るわ」この一言。練習メニューはまだ残っているというのになぜ?そんな疑問を僕は持っていました。言葉通り、藤井先輩はそのセットで持てる力を出し切り、先頭でゴールをして倒れ込んでいました。最後のセットはフラフラな状態でゴール。僕はその姿を見て感銘を受けました。「後先を考えて、ペースを落としてでも練習をやり切る」という考えも、もちろん間違いではないと思います。ですがやはり、「たくさんある本数の中で1本だけでもいいから一矢報いて、存在感を示す」それが僕に必要なことであると思いました。 「自分より足が速いから勝てないのは当然。」と考えるのではなく...

2025年度部員ブログ vol.49 中島陽基(4)

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おそらく大学生活の中で1.2を争うほど同じ時間を過ごしてきた麻生から引き継ぎました。 法学部法律学科四年の中島陽基と申します。専門種目は400mHをやっておりました。 さて何を綴ろうかと考えたところ無難にこれまでの陸上人生の振り返り程度しか思い付きませんでした。長い自分語りになりますがぜひお付き合い頂けますと幸いです。 私の陸上人生の始まりは中学1年生の時、部活動選びの際に父がやっていたこともあり陸上部に入部したことでした。最初は棒高跳びをやっていました。転機は中2の夏、遊びでハードルを飛んでいたら当時の顧問(上妻先生)に「遊ぶくらいなら本気でやれ」と言われたことです。その結果陸上で大学に進学できたので上妻先生には感謝しかないです。因みに上妻先生は黒木君の中学の先生でもあります。 高校は自分の人生の中で最も順調に進んだ期間だったと思います。記録も年々伸び、成績も陸上を始めた当初では考え付かない程残すことができました。実際この期間は何でもうまくいくように感じてました。 大学に入学してからは陸上に関しては自分が思い描いていたものとは全く違う結果になりました。1年時はタイムがボロボロ、2年次以降は頻発する怪我に悩まされました。最後まで納得のいく結果を残すことができず、たらればが多く残ってしまいました。 私が陸上を通じて学んだことはうまくいく時もあればうまくいかないときもあるということです。そこから目の前の結果に一喜一憂しないことも大事であると考えるようになりました。 とは言っても人間うまく行っている時は自分1人でも目標に向かえるのに対して、うまくいかない時には1人ではなかなかやれないものです。そんな時こそやはり友人や周りの人に支えられていることを自覚するものです。私の場合それこそ麻生には大きく支えられました。あまり良くないことですが怪我するタイミングが一致することが多く、リハビリなど2人でやることができたのが腐らずに陸上を続けられた大きな要因だと思います。 改めてここまで育ててくれた両親、支えてくれた友人、コーチ、監督、OB、後輩、マネージャーの皆様に対して感謝の気持ちでいっぱいです。今までありがとうございました。 4月からは社会人になるので陸上で学んだことを活かし、負けずに頑張っていこうと思います。 以上長めの自分語りでした。 次回はマクドナルドバイト仲間の今井です。 ...

2025年度部員ブログ vol.48 麻生悠斗(4)

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こんにちは。  元部屋子で経済学部の可愛い後輩である伊東遼也から引き継ぎました、経済学部4年の麻生悠斗です。 普段彼はいじられキャラを務めていますが、その裏で陸上競技に真剣に向き合い努力している姿がとてもかっこいい選手です。この前はお風呂場で後輩の相談に長時間乗っている所を目撃し、皆から信頼を置かれる片鱗を垣間見ました。そんな人間性抜群の彼が今シーズン活躍してくれる事を願って応援しています!頑張ってね。 さて今回は、最初で最後という事で、4年間を振り返った想いを綴りたいと思います。少々長くなりますが、お付き合いいただけると幸いです。 私は、4年前の3月、「中大に競技力で貢献できる選手に成長する」という夢を抱いて中大の門を叩きました。この日のことは鮮明に今でも覚えています。そこからの4年間を振り返ると、競技人生の中の終盤にして、長く苦しい終わらないトンネルに入っていたような感覚でした。何をするにもうまくいかず、怪我に怪我を重ねて、もどかしさとストレスで、冬季中に不眠症になった事もありました。それでも、いつか自分の出番が来る事を信じて、精一杯自分のやれる事をやり尽くしましたが、現実は残酷で、思うように走れないまま引退する事になってしまいました。もう途中で何回も辞めたいと考えましたが、最高に恵まれた仲間、環境のおかげで、なんとか4年間走り続ける事が出来ました。 そんな思い入れの強いチームだったからこそ、去年の関カレ、全カレの4継は全身の血液が沸騰する様な感覚に襲われました。仲間の走りとはいえ、たった数秒間の他人の走りにこんなに心を奪われるのかと。感動しすぎて、踊っている遼也ですら輝いて見えました。皆がこの部活を好きだからこそ皆でこんなに熱くなれるのだと思いました。そんな熱い中央大学陸上競技部が私は大好きです。 そして周志さん、上記の苦しい時期から本当に長い間面倒を見ていただき、ありがとうございました。どんな相談も親身に受けてくれて、私だけじゃなく、周志さんに救われた後輩は沢山いると思います。誰からも愛される周志さんのサポートに今度は自分が回らせてください。沢山こき使ってください宜しくお願い致します。 宮崎さん この部活の内政が徐々に変わるきっかけを作ってくださった宮崎さん。選手のためにいらない古い文化を捨て去る決断を下し、後輩の為に率先して動いてくれた主将でした。...

2025年度部員ブログ vol.47 札内諒(1)

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 みなさん、こんにちは。 北海道出身、短距離ブロック1年の札内諒と申します。 内容が他の方と重なってしまう部分もあるかと思いますが、自分自身の歩んできた道と今の想いを綴らせていただきました。最後まで読んでいただけますと幸いです。 僕が本格的に陸上を始めたのは、小学2年生の冬だったと思います。幼稚園の頃から試合には出場していましたが、クラブチームに通い始めて練習を始めたのがその時期でした。6歳上の兄が陸上をやっていたことが、競技を始める大きなきっかけでした。幼い頃、兄の大会を応援するために全国各地へ足を運んだことを今でも鮮明に覚えています。大きな舞台で走る兄の姿は僕にとって大きな刺激であり、兄が走る時は自分が走る時以上に緊張していたかもしれません。「兄の弟なのだから、きっと自分も大きな舞台で走れる選手になれる」――当時はそんな風に、どこか根拠のない自信を持っていました。今振り返ればかなり甘い考えですが、当時の僕は本気でそう信じていました。 小・中学校と練習に励んでいましたが、兄ほどの努力はできていなかったと思います。高校受験のために半年以上競技を離れ、高校の陸上部に入部したのは1年生の秋でした。当初は「この高校の選手として大会に出たくない」という身勝手な理由で入部を躊躇していましたが、時が経つにつれて「やはり走りたい」という気持ちが勝り、入部を決意しました。高校2年生では、中学の延長で400mに取り組みましたが、記録は一向に伸びませんでした。当初は高校で陸上を辞めるつもりだったため、「最後は自分の好きな100mで勝負したい」と考え、2年生の冬から短距離向けの練習に切り替えました。この高校2年生の冬季練習は、大学での練習を除けば、これまでの人生で最も努力した期間でした。そこで初めて、兄が血の滲むような努力をしてあの舞台に立っていたのだと気付かされました。毎日日誌を書き、それをもとに弱いところを潰していき、監督にアドバイスを求め、一切の妥協を捨てて練習に打ち込みました。3年生の初戦でハムストリングスを痛めてしまい、万全ではない状態で全道大会を迎え、結果は準決勝敗退でした。当然悔しさはありましたが、僕には次なる目標がありました。それは「中央大学の陸上部で競技を続けること」です。 5月の支部大会で、1つ上の先輩で同じクラブチーム出身の館山さんと再会し、中大進学への思い...

2025年度部員ブログ vol.46 橋本龍太(1)

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 みなさんこんにちは! 法学部政治学科一年の橋本龍太です。 私は今年度、仮入部として練習に参加させていただいていましたが、 3 月から正式に中央大学陸上競技部の部員として入部しました。今回このブログを書くことになったのですが、急遽決まったこともあり、まだ頭の中でうまく整理できていない部分もあります。ですが、この場を借りて、私のこれまでとこれからについて綴らせていただければと思います。拙い文章ではありますが、温かく見守っていただけると嬉しいです。 皆さんのブログは遼也さんが締めてくださったので、私の文章は少し番外編のような形になるかもしれませんが、最後まで読んでいただければ幸いです。   それでは、私のこれまでについて少し詳しくお話ししたいと思います。 私が陸上競技に出会ったのは小学 2 年生の時でした。地元である長崎県で国民体育大会が開催されており、母に連れられて初めて陸上競技場に足を踏み入れました。そこで見た光景は、今でも鮮明に覚えています。選手たちが自分の体ひとつで誰よりも速くゴールラインを越えるために、必死に走り、 0.01 秒を削り出そうとする姿に強い衝撃を受けました。その瞬間、胸が高鳴り、「自分もやってみたい」という気持ちが自然と芽生えました。そこから陸上教室に通い始め、練習を重ねる日々が始まりました。小学 5 年生の時には初めて全国大会に出場することができました。結果は 5 位。当時の自分にとっては想像もしていなかったほどの結果で、正直とても嬉しかったのを覚えています。ただ、その結果に少し満足してしまい、「来年もきっといけるだろう」という甘い気持ちを持ってしまいました。そこからの一年間は、今思えば本当に反省すべき時間だったと思います。練習に対する意識が低くなり、遊ぶ時間ばかりを優先してしまっていました。そして迎えた小学 6 年生の全国大会。結果は予選落ちでした。前年の結果があった分、悔しさも大きく、自分の甘さを痛感する出来事でした。この経験は、自分にとって大きな転機になりました。努力を続けなければ結果はついてこないという当たり前のことを、身をもって学んだ瞬間でもありました。それ以降、陸上競技に対する向き合い方が少しずつ変わっていきました。        ...