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2025年度部員ブログ vol.48 麻生悠斗(4)

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こんにちは。  元部屋子で経済学部の可愛い後輩である伊東遼也から引き継ぎました、経済学部4年の麻生悠斗です。 普段彼はいじられキャラを務めていますが、その裏で陸上競技に真剣に向き合い努力している姿がとてもかっこいい選手です。この前はお風呂場で後輩の相談に長時間乗っている所を目撃し、皆から信頼を置かれる片鱗を垣間見ました。そんな人間性抜群の彼が今シーズン活躍してくれる事を願って応援しています!頑張ってね。 さて今回は、最初で最後という事で、4年間を振り返った想いを綴りたいと思います。少々長くなりますが、お付き合いいただけると幸いです。 私は、4年前の3月、「中大に競技力で貢献できる選手に成長する」という夢を抱いて中大の門を叩きました。この日のことは鮮明に今でも覚えています。そこからの4年間を振り返ると、競技人生の中の終盤にして、長く苦しい終わらないトンネルに入っていたような感覚でした。何をするにもうまくいかず、怪我に怪我を重ねて、もどかしさとストレスで、冬季中に不眠症になった事もありました。それでも、いつか自分の出番が来る事を信じて、精一杯自分のやれる事をやり尽くしましたが、現実は残酷で、思うように走れないまま引退する事になってしまいました。もう途中で何回も辞めたいと考えましたが、最高に恵まれた仲間、環境のおかげで、なんとか4年間走り続ける事が出来ました。 そんな思い入れの強いチームだったからこそ、去年の関カレ、全カレの4継は全身の血液が沸騰する様な感覚に襲われました。仲間の走りとはいえ、たった数秒間の他人の走りにこんなに心を奪われるのかと。感動しすぎて、踊っている遼也ですら輝いて見えました。皆がこの部活を好きだからこそ皆でこんなに熱くなれるのだと思いました。そんな熱い中央大学陸上競技部が私は大好きです。 そして周志さん、上記の苦しい時期から本当に長い間面倒を見ていただき、ありがとうございました。どんな相談も親身に受けてくれて、私だけじゃなく、周志さんに救われた後輩は沢山いると思います。誰からも愛される周志さんのサポートに今度は自分が回らせてください。沢山こき使ってください宜しくお願い致します。 宮崎さん この部活の内政が徐々に変わるきっかけを作ってくださった宮崎さん。選手のためにいらない古い文化を捨て去る決断を下し、後輩の為に率先して動いてくれた主将でした。...

2025年度部員ブログ vol.47 札内諒(1)

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 みなさん、こんにちは。 北海道出身、短距離ブロック1年の札内諒と申します。 内容が他の方と重なってしまう部分もあるかと思いますが、自分自身の歩んできた道と今の想いを綴らせていただきました。最後まで読んでいただけますと幸いです。 僕が本格的に陸上を始めたのは、小学2年生の冬だったと思います。幼稚園の頃から試合には出場していましたが、クラブチームに通い始めて練習を始めたのがその時期でした。6歳上の兄が陸上をやっていたことが、競技を始める大きなきっかけでした。幼い頃、兄の大会を応援するために全国各地へ足を運んだことを今でも鮮明に覚えています。大きな舞台で走る兄の姿は僕にとって大きな刺激であり、兄が走る時は自分が走る時以上に緊張していたかもしれません。「兄の弟なのだから、きっと自分も大きな舞台で走れる選手になれる」――当時はそんな風に、どこか根拠のない自信を持っていました。今振り返ればかなり甘い考えですが、当時の僕は本気でそう信じていました。 小・中学校と練習に励んでいましたが、兄ほどの努力はできていなかったと思います。高校受験のために半年以上競技を離れ、高校の陸上部に入部したのは1年生の秋でした。当初は「この高校の選手として大会に出たくない」という身勝手な理由で入部を躊躇していましたが、時が経つにつれて「やはり走りたい」という気持ちが勝り、入部を決意しました。高校2年生では、中学の延長で400mに取り組みましたが、記録は一向に伸びませんでした。当初は高校で陸上を辞めるつもりだったため、「最後は自分の好きな100mで勝負したい」と考え、2年生の冬から短距離向けの練習に切り替えました。この高校2年生の冬季練習は、大学での練習を除けば、これまでの人生で最も努力した期間でした。そこで初めて、兄が血の滲むような努力をしてあの舞台に立っていたのだと気付かされました。毎日日誌を書き、それをもとに弱いところを潰していき、監督にアドバイスを求め、一切の妥協を捨てて練習に打ち込みました。3年生の初戦でハムストリングスを痛めてしまい、万全ではない状態で全道大会を迎え、結果は準決勝敗退でした。当然悔しさはありましたが、僕には次なる目標がありました。それは「中央大学の陸上部で競技を続けること」です。 5月の支部大会で、1つ上の先輩で同じクラブチーム出身の館山さんと再会し、中大進学への思い...

2025年度部員ブログ vol.46 橋本龍太(1)

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 みなさんこんにちは! 法学部政治学科一年の橋本龍太です。 私は今年度、仮入部として練習に参加させていただいていましたが、 3 月から正式に中央大学陸上競技部の部員として入部しました。今回このブログを書くことになったのですが、急遽決まったこともあり、まだ頭の中でうまく整理できていない部分もあります。ですが、この場を借りて、私のこれまでとこれからについて綴らせていただければと思います。拙い文章ではありますが、温かく見守っていただけると嬉しいです。 皆さんのブログは遼也さんが締めてくださったので、私の文章は少し番外編のような形になるかもしれませんが、最後まで読んでいただければ幸いです。   それでは、私のこれまでについて少し詳しくお話ししたいと思います。 私が陸上競技に出会ったのは小学 2 年生の時でした。地元である長崎県で国民体育大会が開催されており、母に連れられて初めて陸上競技場に足を踏み入れました。そこで見た光景は、今でも鮮明に覚えています。選手たちが自分の体ひとつで誰よりも速くゴールラインを越えるために、必死に走り、 0.01 秒を削り出そうとする姿に強い衝撃を受けました。その瞬間、胸が高鳴り、「自分もやってみたい」という気持ちが自然と芽生えました。そこから陸上教室に通い始め、練習を重ねる日々が始まりました。小学 5 年生の時には初めて全国大会に出場することができました。結果は 5 位。当時の自分にとっては想像もしていなかったほどの結果で、正直とても嬉しかったのを覚えています。ただ、その結果に少し満足してしまい、「来年もきっといけるだろう」という甘い気持ちを持ってしまいました。そこからの一年間は、今思えば本当に反省すべき時間だったと思います。練習に対する意識が低くなり、遊ぶ時間ばかりを優先してしまっていました。そして迎えた小学 6 年生の全国大会。結果は予選落ちでした。前年の結果があった分、悔しさも大きく、自分の甘さを痛感する出来事でした。この経験は、自分にとって大きな転機になりました。努力を続けなければ結果はついてこないという当たり前のことを、身をもって学んだ瞬間でもありました。それ以降、陸上競技に対する向き合い方が少しずつ変わっていきました。        ...